「音のパレット」の由来

ピアノ教室を始めた時、お教室の名称はまだ存在しませんでした。 「吾輩はピアノ教室である、名前はまだ無い。」です。

しかし、私の心の中には、「音のパレット」というのが既にありました。

教室名を「平野ピアノ教室」とでもすることは出来たのですが、そうしなかったのには理由があります。 なぜ「音のパレット」という名称にしたのか、ここで少し語ってみたいと思います。

「作曲家の意図を汲み取り、その世界に思いを馳せ、共感し、湧き出たイマジネーションを音にして自分の思いも表現することができるピアノは、なんて素敵なのだろう!」と、レッスンに通ってきてくださる方々に味わって頂きたい・体験して頂きたい、そして、私共のレッスンで様々な作品とのふれあいを通して、生徒さん達を素晴らしいファンタジーの世界へ誘いたいという思いがありました。

そういう思いが漲る原点となったのが、今は亡き母の描いた絵であったことに、ある時気がついたのです。

私が10歳頃まで生まれ育った家の玄関には、「ミロのヴィーナス」のレプリカが飾ってあり、その向かい側の少し上のほうには金の額縁に入った油絵が3枚飾ってありました。

(今思うと、美術に囲まれた玄関でした。) その油絵3枚は、母が描いた絵だったのです。

3枚のうち2枚はどのような絵だったかほとんど記憶に無いのですが、1枚だけはしっかり覚えています。 フラワーベースからたくさんの美しい花が溢れるように咲き誇る絵でした。

花の色彩がとても綺麗で、私の幼心にその絵の色遣いがしっかり染み込んでいたのです。

私がピアノの音色にこだわり続けているのは、母の描いた油絵の色遣いがインスピレーションの源泉にあるからなのかもしれません。

母は、晩年は認知症を発症しましたが、他のことは忘れていっても絵の腕前だけは最期まで残っていました。 もう絵そのものは描けなくなっていましたが、塗り絵でさえ、舌を巻く程の色彩感覚!(この塗り絵の見本は無く、母の想像と感性で塗ったものです。)

僅かな本数という少ない色鉛筆で表現されている色遣いや陰影、遠近感、これには、お世話になった施設の方々、病院の看護師さん達、ソーシャルワーカーの方も大変驚いていらっしゃいました。

娘の私が言うのも誠に口幅ったい事ですが、母は絵の他にも多趣味で多才な人でした。 明るく前向きな人で、いつも私の味方で、とにかく褒めてくれる人でした。

しかし、私の描いた絵だけは、区展や都展でどんなに金賞を頂いても入賞しても褒められたことがほとんどありませんでした。

母の若かりし頃の写真を今も大切に保管してあり、ベレー帽を被りイーゼルとキャンバスを抱えている姿や山の風景を描いている母の姿、展覧会に出展された母の絵、など、母と絵にまつわる写真はたくさん残っているのですが、私自身は、物心がついてからはこのような母の姿を実際に目にすることはできませんでした。

小学1・2年生の時の夏休みの宿題「絵日記」のことを時々思い出します。 絵に関してはなかなか厳しい人でしたが、今では、母が私に絵の描き方を教えてくれた大変貴重な思い出になっています。

母は絵筆で絵を描く美術の世界へ、私は音で絵やストーリーを描くピアノ(音楽)の世界へ、と同じ芸術でも道は別れましたが、私の音楽への飽くなき追求心と音色へのこだわりは、もしかしたら母の油絵が何よりも大きく影響しているのかもしれません。

油絵の色遣い、それは音楽の世界ではまさしく「音色(おんしょく)」。 ピアノで音色を作っていく時間、それはそれは、私にとって至福の時です。

音で絵を描くことのできる幸せな時間です。 多才で絵を描く才能にも長けていた作曲家「メンデルスゾーン」の気持ちも、少なからずわかるような気が致します。

私のピアノを、もっともっとたくさん母に聴いて欲しかった...。 そして、母がキャンバスに向かって油絵を描いている姿を、この目で、せめて一目でも見たかった...。

絵の描き方ももっとたくさん教えて欲しかった...。 今ではもう叶うことはありませんが、天国で父と共に私を見守り、ピアノを聴いてくれているような気がしています。

私に音楽のインスピレーションを授けてくれた母、そして母と共に私にピアノを与え習わせてくれた父にも感謝しつつ、私はこれからもずっと音で(ピアノで)絵を描き続けていきたいと思っています。

生きている限りいつまでも、色彩豊かな「音のパレット」を大切に抱えながら…。

もっとバッハに親しもう!

皆さんはバッハが好きですか?

そう訊ねますと「う~ん・・・」と、いまひとつのような応えが返ってくることが多いようです。

でも大丈夫! 私と一緒にもっとバッハを楽しみましょう。

私は、バッハの音楽はとても愛情深い音楽だと思うのです。

楽譜をよく読んでおりますと、バッハから人生のメッセージをもらっているような気持ちになるのです。

特に心が沈んでいる時など、慈愛に満ちたバッハの音楽を奏でると心が浄化され、希望を与えてくれるような感じさえします。

そんなバッハの偉大さ・素晴らしさを、私の生徒皆様に伝えたいといつも思っております。
素晴らしい作品との出会いを、できるだけ早いうちから体験させたいですね。